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国際結婚のリアル (Part 1):イギリス生活と離婚裁判から学んだこと



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海外で愛する人と暮らす…それは多くの人にとって、夢のような響きを持つ言葉です。けれど、実際にその夢を現実にしたとき、目の前に広がるのは必ずしも理想だけではありません。文化の違い、制度の壁、孤独、そして自分の中の変化。


この3回の連載では、国際結婚を機にイギリスへ移住した私自身の体験を通して、「憧れ」と「現実」のあいだにあるリアルをお伝えします。第1回の今回は、イギリス生活の始まりと、そこで直面した想像以上のギャップについて綴ります。



国際結婚とイギリス生活の始まり:憧れと現実のギャップ


国際結婚、それは、多くの人にとって憧れであり、希望に満ちた選択です。大好きな人と海外で暮らす、異文化の中で新しい生活を始める、そんな夢を描く方も少なくないでしょう。


私自身もそうでした。海外生活や国際結婚に心躍らせながら準備を進め、実際にその夢を形にしました。しかし、現実は必ずしも想像通りではありません。文化の違いや生活の不便さ、法律や制度の壁、そして予期せぬ困難……国際結婚には、華やかなイメージだけでは語れない現実が存在します。


もちろん、私のような経験を全くせずに幸せな国際結婚を送っている方もたくさんいらっしゃいます。ここでお伝えするのは、あくまでイギリスに国際結婚のために引っ越してきた一人の日本人としての体験に過ぎません。すべての方が同じ経験をするわけではないことをご了承ください。


それでも、私の体験は「こんなことも起こり得る」という一例として、国際結婚を考えている方、すでに経験して悩んでいる方の参考になればと思い、このブログを3回の連載で書くことにしました。


ここからは、私自身の体験を通して見えた海外生活や国際結婚の現実について、順を追ってお話していきます。



憧れの海外生活と国際結婚への夢

私は小さい頃から外国に強いあこがれを抱いていました。旅行で異国の文化や人々に触れるたびに胸がときめき、「いつかは外国で暮らしてみたい」という夢が膨らんでいきました。そしてその延長線上にあったのが、客室乗務員という仕事でした。


世界中を飛び回るCAは、まさに私の理想の職業であり、小さい頃からの夢だったのです。実際に客室乗務員として働き始めると、ヨーロッパやアジア、アメリカなど、さまざまな国を訪れることができました。しかし、どんなに素敵な場所に行っても、数日後には必ず日本に帰国します。観光で見える世界は華やかですが、その国の本当の生活を知るには、実際に住んでみなければ分からない。そんな思いを強く抱くようになりました。


結婚への憧れも小さい頃から心の中にあり、20代に入ると「国際結婚をして海外で暮らすのもいいな」と漠然と考えるようになりました。当時の私は、国際結婚に対してバラ色の夢を描き、「きっと素敵な経験になるに違いない」と楽観的に思っていたのです。



イギリス移住を決めた理由

正直なところ、イギリスに対して最初から良いイメージを持っていたわけではありません。天気はどんよりとしているし、料理も決して美味しいとは言えませんでした。20年以上前のロンドンにフライトで来た時は、どこのレストランに行っても「これは美味しい!」と思えるものに出会うことがほとんどありませんでした。


それでも「アフタヌーンティー」「英国紳士」「田園風景の美しさ」といったイギリスの魅力には心惹かれるものがありました。英語も仕事で使っていたので特に不安はなく、以前付き合っていた恋人がカナダ人だったこともあり、「英語圏の人との結婚生活なら大丈夫」と安易に考えていました。


元夫と出会ったのは、私が日本、彼がイギリスに住んでいた時のことです。出会って間もなく、彼から「イギリスに引っ越してきなよ」という言葉があり、自然と結婚の話に進みました。彼が日本に来るという選択肢もありましたが、海外経験の多い私の方がイギリスでの生活に適応しやすいだろうという理由で、私が移住することになったのです。


「憧れの海外で、大好きな人と一緒に暮らせる。」その思いだけで胸がいっぱいだった私は、現実に潜む小さなサインに気づかず、浮かれた気持ちのまま2002年4月にイギリスへと渡りました。



イギリス生活で直面した現実

幸運なことに、日本航空がちょうどロンドンベースの客室乗務員を募集しており、私は仕事を続けることができました。しかし、日常生活は日本と大きく違い、驚きと戸惑いの連続でした。


交通の不便さ:公共交通機関は日本ほど整っておらず、時刻表も正確ではありません。結婚当初、夫の住んでいたノーフォークからヒースロー空港まで通勤しなければならず、なんと7時間かけて帰宅したこともありました。


医療制度のカルチャーショック:日本のように病院を自由に選ぶことはできず、救急(A&E: Accident and Emergency)に行っても長時間待たされます。診察を受けられてもアフターケアは期待できず、「無料だから仕方がない」という雰囲気さえありました。患者を大切にする姿勢が感じられず、カルチャーショックを受けました。


生活の手続きの難しさ:銀行口座を開設するにも、住居や契約に関する手続きにも夫の助けが必要で、自分ひとりでは何もできない無力感にさいなまれました。


細かな生活の違い:シンクの水道は「お湯」と「水」で蛇口が分かれており、快適に使えません。スーパーではカートを元に戻さず放置する人が多い等、まだまだ数えきれないほどの違いがあります。

こうした小さな不便さの積み重ねが、異国で暮らす難しさをひしひしと感じさせました。


さらに、英語は一対一なら問題なくても、大人数の会話になるとついていけず、次第に人との交流を避けるようになっていきました。日本にフライトで帰れるという安心感があったため、「イギリスで友達を作らなくてもいいや」と思うようになり、孤立感が深まっていきました。


それでも、客室乗務員としての仕事が私の自己肯定感をかろうじて支えてくれていました。制服を着て空港に立つと、「自分にはまだ役割がある」と感じられたのです。



理想と現実のギャップ

元夫は労働階級の出身で真面目に働く人でしたが、仕事を失うこともあり、収入は不安定でした。当時の日本はまだ終身雇用が主流で、「職を転々とする」ことは想像できなかった私は、その不安定さに強いカルチャーショックを受けました。結果として、私が一家のメインの稼ぎ手となり、経済的に家庭を支えることになりました。


さらに結婚後に知ったのは、彼に借金があったという事実です。それを私の日本での貯金から返済することになりました。それでも私は離婚を考えることはなく、「彼を支えたい」「日本には戻らない」という覚悟を持ち続けていました。


描いていた理想の国際結婚とはまったく違っていましたが、彼には優しい一面もあり、私を気遣ってくれる時もありました。私は「私たちはただでさえ文化も育った環境も違うのだから、何でもお互いに話し合おう」と彼に伝え、それを実践するようにしていました。そうすることで、少しずつ理解を深めようと努めていたのです。



憧れと現実のはざまで

こうして私の国際結婚とイギリス生活は始まりました。憧れだけで飛び込んだ海外暮らしは、想像以上に厳しいものでした。けれどその厳しさの中で、私は少しずつ「自分」という存在に出会っていったのです。



次回は「イギリスでの子育てと夫婦関係の変化」についてお話しします。国際結婚の現実を知りたい方、海外での子育てを考えている方にとって、少しでも参考になれば幸いです。



 
 
 

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