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"一期一会:日々の出会いを大切にする日本の心"

Updated: Sep 7



茶道の精神から生まれた「一期一会」。その言葉を心に抱きながら、私は人との出会い、モノとの出会い、そして日々の出来事の一つひとつを大切に生きてきました。


今回のブログから、何回かにわたって、日本の四字熟語でカウンセリングや生き方に関連するものをご紹介してみようと思います。これは私なりの解釈によるものですので、必ずしも本来の意味と完全に一致するわけではありません。その点はどうかご了承ください。


このブログでは、私が客室乗務員として感じた一期一会の重み、そして出会いの持つ意味について綴っています。


一期一会:たった一度の出会いに心を込めて


「一期一会(いちごいちえ)」――この言葉は、私が幼いころから心の奥に大切に抱えてきた、人生の宝物のような言葉です。初めてこの言葉を知った時、「出会い」というものの尊さに初めて気づかされたような気がしました。それ以来、私はどんな出会いにも「これが最初で最後かもしれない」という覚悟で、心を込めて向き合うようにしてきました。


もともとこの言葉は茶道に由来し、「その茶会は二度と繰り返されないかもしれない」という前提のもと、亭主も客人も、互いに誠意を尽くしてその場を大切にする、という教えが込められています。そこには、そのときしか生まれない空気や心のやりとりを尊ぶ、日本ならではの美意識が息づいています。この尊さを胸に、どんな出会いにも感謝の気持ちを忘れずにいたいと思っています。



「人」だけでなく、「物」や「時間」にも宿る一期一会の心


私は、この「一期一会」という言葉が、人との出会いだけにとどまらず、日常のすべての出来事やモノとの出会いにも当てはまると感じています。


たとえば、朝目覚めて飲む一杯のコーヒー。何気なく通り過ぎる街角の風景。手に取った本の一節。どれも「今、この瞬間」にしか存在しないものです。同じコーヒーをまた飲むことはできるかもしれません。でも、今の私の気分、空気の匂い、差し込む光、心に響いた味わいは、その時だけのものです。


日々使っている道具や服にも、「一期一会」の心で接してみると、その存在のありがたさに気づかされます。壊れて初めて気づく便利さ。もう手に入らないと知ってから思い出す愛着。モノにだって、魂のようなものが宿っていると感じることがあります。それらと過ごす時間が、唯一無二の出会いであると考えると、自然と扱い方が丁寧になります。



空の上で感じた一期一会の奇跡


私は以前、客室乗務員として働いていました。空の上では、毎回違う顔ぶれのお客様と出会い、訪れる国や体験もその都度異なります。その中で強く感じていたのは、「この瞬間、同じ空間で、同じ時間を共にしている」ということの計り知れない尊さでした。


この地球には80億もの人が暮らしています。その中で、たった一機の飛行機の中に偶然乗り合わせ、同じ数時間を共有するという出来事は、単なる偶然以上のものに思えてなりませんでした。私が担当する便にその方が搭乗し、私がおもてなしをさせていただく機会を得たこと――それはまさに「一期一会」の体現だと感じていました。


お客様だけではなく、訪問先の国々で出会った人々とのご縁もまた、今の私だからこそ出会えたものでした。その日、その場所に私がいなければ、決して交わることのなかった出会い。一つひとつが、私の人生に温もりや学びを与えてくれました。


そして、もっと身近な存在――家族や友人、恋人たちもまた、もし私が別の道を選んでいたなら出会うことはなかったかもしれません。そう考えると、あらゆる出会いは奇跡のようであり、決して当たり前ではないのだと気づかされます。


だからこそ、私は人と関わるときには、いつも誠意と敬意を持ち、感謝の心を忘れずにいたいのです。そして、どんなご縁も「ありがとう」と言える関係として大切にしていきたいと願っています。



出会いにはすべて意味がある


出会いの一つひとつは、私にとって学びや気づきの源です。人との関わりの中で、自分の感情や反応に気づき、自分をより深く知るきっかけになることもあります。傷ついた経験の中にこそ、大きな学びや気づきが隠されている――そう信じるからこそ、どんな出会いも尊いものとして心に刻んでいたいと思っています。


もちろん、出会う人すべてが、私に優しく接してくれるわけではありません。中には、意地悪をしたり、冷たく無視をしたりする人もいました。しかし不思議なことに、そうした人たちを憎む気持ちは湧いてきませんでした。


なぜなら、その人たちもまた、私に大切なことを教えてくれる存在だったのだと感じるからです。人との関わりの中で、自分の弱さや怒りに向き合い、それを通じて新しい自分を知ることができました。傷つく体験の中にも、後になって気づく贈り物があるのだと思います。


そして私は、この考え方は「人生で起こるすべてのことには意味がある」という信念にも通じていると感じています。嬉しいことも、悲しいことも、悔しいことも、すべてが私を形づくり、成長へと導いてくれる材料です。起こること一つひとつにメッセージが込められている――そう考えると、人生のどんな瞬間も決して無駄ではないと感じられるのです。


ただし、それは「なんでも受け入れる」ということではありません。中には、こちらの優しさに付け込み、搾取しようとする人も存在します。そうした相手に対しては、しっかりと境界線(バウンダリー)を引き、「ここから先は入らせない」と決めることも同じくらい大切です。


優しさと強さは矛盾しません。相手を思いやる心と、自分を守る力。その両方を持つことで、私たちはより深く、そして穏やかに人と関わっていけるのだと思います。


最後に


「一期一会」は、私の生き方そのものです。人との出会い、モノとの出会い、感情との出会い――そのすべてが、私にとってかけがえのない一瞬です。出来事には必ず意味があり、その一つひとつが、今の私を形づくってくれました。だからこそ、今日という一日を、誰かと過ごすこの瞬間を、大切にしたいと心から思います。


そして、この思いは私が大切にしているカウンセリングの時間にも通じています。安心できる空間で心に浮かぶ思いや感情を共に見つめることは、まさに「一期一会」のひとときです。その中で、これまで気づかなかった自分の可能性や癒しに出会えることがあります。


もし今、あなたが人生の出来事や人との関わりに戸惑いを感じているなら、カウンセリングという対話を通して、その意味を一緒に探してみませんか。私は「一期一会」の出会いを大切にしながら、あなたの歩みに寄り添っていきたいと思っています。


Locus of Lifeのこのブログページは、私の思いや気づきを発信する場です。日常の小さな気づきや人生の深い意味について、一緒に考え、整理していくことで、カウンセリングの時間にもつながる気づきや学びを得られる場になれば嬉しいです。


どうか、あなたの一日にも、静かで温かな「一期一会」が訪れますように。

 
 
 

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